ボーム拡散 (Bohm diffusion)
#用語解説
chatGPT.icon
ボーム拡散とは、磁場閉じ込めプラズマにおいて観測される粒子やエネルギーの異常輸送現象を説明する経験的な理論である。1949年にデヴィッド・ボーム (David Bohm) によって提案され、古典理論が予測する輸送速度よりもはるかに速い拡散を記述するモデルとして核融合研究において大きな影響を与えた。ボーム拡散は、プラズマ中の乱流や波動に起因すると考えられている。
理論の定式化
ボーム拡散は、次式で記述される異常輸送係数 $ D_B に基づいている:
$ D_B = \frac{1}{16} \cdot \frac{k_B T}{e B}
ここで:
$ D_B はボーム拡散係数 [m$ ^2/s]、
$ k_B はボルツマン定数 J/K、
$ T はプラズマの温度 K、
$ e は電子の電荷 C、
$ B は磁場強度 T。
この式は以下の特徴を持つ:
1. 拡散係数は温度 $ T に比例し、磁場強度 $ B に反比例する。
2. 粒子が磁場により閉じ込められているにもかかわらず、古典的輸送係数よりも大幅に速い拡散を示す。
核融合研究への影響
初期の挫折
ボーム拡散理論が示すような速い輸送速度は、核融合反応を起こすために必要なエネルギー閉じ込め時間を短縮させる。これは次の式で表されるロースン条件 (Lawson criterion) を満たすことを困難にした。
$ n_e \cdot \tau_E \cdot T \geq \text{一定値}
ここで:
$ n_e は電子密度 [m$ ^{-3}]、
$ \tau_E はエネルギー閉じ込め時間 s、
$ T は温度 K。
ボーム拡散が支配的である限り、閉じ込め性能が不足し、エネルギー損失が大きくなるため、核融合炉の実現可能性に対する疑問が高まった。
T-3トカマクによる転換点
1968年、ソビエト連邦のT-3トカマクにおいて、ボーム拡散が予測する拡散係数を大きく下回る閉じ込め性能が確認された。この実験結果は核融合研究に希望をもたらした。
T-3の実験結果
T-3のプラズマ閉じ込め時間は、ボーム拡散が示す値よりも遥かに長かった。
これにより、乱流を抑えることで、エネルギー閉じ込め時間を大幅に改善できる可能性が示された。
国際的な検証
T-3の成果は、イギリスの研究者による独自検証により確認され、トカマク型装置の閉じ込め性能が国際的に認められるきっかけとなった。この成功により、核融合研究の中心がトカマク型装置にシフトした。
現代への影響
乱流輸送の理解
ボーム拡散の研究をきっかけに、プラズマ中の乱流による異常輸送の詳細な物理機構が解明され、以下のような技術が発展した
高性能閉じ込めモード (Hモード):プラズマ外縁部に形成される輸送障壁により、エネルギー損失を抑制。
磁場設計の最適化:トカマクやヘリオトロン型装置で乱流を抑える磁場構造を実現。
次世代装置への応用
ITERやDEMOなどの次世代核融合炉の設計には、T-3が示した「トカマクの高閉じ込め性能」が基盤となっており、ボーム拡散を抑える設計が導入されている。
まとめ
ボーム拡散は核融合研究の初期段階における「課題」として科学者たちに挫折をもたらしたが、その克服を目指した研究が新たな理論と技術の発展を促した。特にT-3トカマクの成功は、核融合研究の歴史を大きく変え、現代のトカマク型装置の発展を支える希望の象徴となった。